巨大メガファーマから無名のバイオベンチャーへ。日本の創薬エコシステムを支えるスタートアップの躍進とキャリアの選択

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「製薬会社」あるいは「新薬開発」という言葉を聞いたとき、世間一般の人が思い浮かべるのは、何万人もの社員を抱え、都心に巨大な自社ビルを構え、最新鋭の広大な研究所と莫大な資金を持つ「巨大メーカー(メガファーマ)」の姿ではないでしょうか。
テレビCMで名前を見るような大手企業こそが、日夜研究所で顕微鏡を覗き込み、世界を救う新しい薬を発明している――。長年、私たちはそういった固定観念を持っていました。

しかし現在、医薬品業界のビジネス構造の最深部を知る者たちに言わせれば、現実の世界の医薬品開発の地図・パワーバランスは今、私達の想像とは180度違う方向へと完全に塗り替えらえています。

驚くべきことに、近年、世界で最も権威のあるアメリカFDA(食品医薬品局)で新たに承認される画期的な新技術を用いた新薬(特にがんや希少疾患領域)の大半は、巨大なメガファーマの自社研究所で生まれたものではなく、名もなき数名〜数十名規模の小さな「バイオベンチャー(創薬独自の基盤技術を持つスタートアップ企業)」がその種を生み出し、育て上げたものなのです。
そしてついに日本でもここ数年、大学の奥底で眠れる優秀な研究シーズ(種)を事業化し、メガファーマをスピンアウト(独立)したエリート人材たちが集う「国産バイオベンチャー」が、VC等からかつてない規模の大きな注目と数百億円単位の資金を集め始めています。
今回は、世界と日本の創薬エコシステム(生態系)の決定的な変化の現状と、あえてリスクをとってベンチャーで働くという、今最も熱いキャリアの魅力に深く迫ります。

1. なぜ巨大企業(メガファーマ)の中から「尖った画期的な新薬」は生まれにくくなったのか

イノベーションのジレンマと保守的な意思決定

「世界中に優秀なMRを何千人も抱え、研究開発費に年間数千億円もの潤沢な資金をつぎ込める巨大な製薬メーカー自身の実力があれば、どんな新薬でも自前の研究所で見つけられるはずだ」というのは完全な錯覚です。

メガファーマは、成功体験を積み重ねすぎた極めて巨大な官僚的組織であり、株主の目も厳しいため、「絶対に失敗が許されない」という非常に保守的な意思決定のメカニズムが強く働きます。
数百億円規模の次世代研究プロジェクトを稟議に通す際、経営陣は「この薬は、既存の他成分よりも本当に売上1000億円を超えるのか?」「治験で安全性が担保できないリスク(副作用のリスク)が数パーセントでもあるなら開発を直ちに中止せよ」という、リスクゼロを求める厳しい石橋を叩く判断を下しがちです。
その結果、まだ海のものとも山のものとも分からない、成功確率は1%未満かもしれないが、もし完成すれば世界の医療の常識を覆す(競合を完全に駆逐する)かもしれない「尖りすぎた最先端の研究(ゲノム編集、特殊ペプチド、AI完全依存の創薬ターゲット探索など)」への大胆な投資や継続審議が、社内の政治的判断や短期的な利益予測によって次々と後回しにされ、あるいは切り捨てられるという構造的な限界(イノベーションのジレンマ)に陥ってしまっているのです。

バイオベンチャーの機動力と「死の谷」を越えた先の巨万の富

一方で、何の後ろ盾もないバイオベンチャーは失うものがありません。彼らは特定の画期的な技術一つ(あるいは数個の特許)に社運のすべてをベット(賭け)し、すべてのリソースを集中して、大企業では何年もかかる決断を翌日には下し、リスクを恐れずスピーディに開発(基礎研究から非臨床試験という魔の「死の谷」越え)を推し進めます。

彼らのゴールは「自社の力で自前のMRを大量に雇い、営業してエンドユーザー(医師)に薬ごと売り歩くこと」ではありません。
彼らが初期の最も難しい臨床試験(フェーズ1・2)を自前の資金でクリアし、その技術が「人間において副作用がなく、本当に有効である(薬としての見込みが高い概念実証=PoCの獲得)」ことをデータとして証明したその瞬間、莫大な世界規模の治験費用(フェーズ3の数百億円)の予算と、世界100カ国以上の中核病院を網羅する強大な販売・営業網(グローバルなMR組織)を持つメガファーマが、その技術や特許そのものを、数百億円から時には1兆円を超える途方も無い現金を一括で支払って「まるごと買収する(M&A・ライセンスアウト)」のです。
大企業は「ベンチャーが体を張ってリスクを取って証明してくれた安全な技術」となれば、喜んで大金を支払います。ベンチャーは技術を生み出し、メガファーマは世界に売る。この役割分担こそが、現在の世界の医薬品業界のイノベーションを回す「ゴールデンルート」かつ絶対の正解方程式なのです。

2. 「日本のバイオベンチャーは金がない」からの脱却と、政府の本気度

国産スタートアップの苦難の時代

しかし長らくの間、日本のバイオベンチャー市場(生態系)は、アメリカのボストンやシリコンバレーに比べて「極めて絶望的な状況」にあると嘆かれてきました。
大学発の素晴らしい基礎研究の種(ノーベル賞級の知見)は日本にもたくさんあるにも関わらず、それをビジネス化して育て上げるための「リスクマネー(10年先まで利益が出ない会社に数十億円をポンと出資してくれる投資家・VC)」が日本には決定的に不足しており、「画期的なアイデアはあるのに、数億円の治験の費用すらないから途中で倒産したり、アメリカ企業の資本に買われて技術が流出してしまう」という事態が延々と繰り返されてきたのです。

国家安全保障としての「創薬エコシステム」構築

この惨状を覆す決定的なきっかけとなったのが、皮肉にもコロナ禍での「国産ワクチンの開発敗北」です。海外のベンチャー(モデルナやビオンテック)がいち早く画期的なmRNAワクチンを完成させたのに対し、日本の製薬企業は技術的にもスピード的にも完全に周回遅れとなりました。
これにより、日本政府は「強力な創薬インフラを持たないことは、非常時に自国民の命を他国に握られることに等しく、国家の安全保障の根幹に関わる致命傷だ」と猛烈な危機感を抱きました。

現在、その反省を踏まえて、日本のベンチャーキャピタル市場や国(AMEDや各省庁のファンド)から、これまでの常識を覆す数百億円規模の巨額の医療特化ファンドが次々と立ち上がり、有望な技術を持つ日本のバイオベンチャーに対して数十億円を一気に投じる「メガラウンド(大型資金調達)」が東京を中心に日常的に実現する環境が、急速に整備・成熟しつつあります。
かつて特殊ペプチド技術で世界中のメガファーマと提携し時価総額数千億円の超大企業へと変貌を遂げた「ペプチドリーム」や、独自のGPCR創薬技術を誇る「そーせいグループ(現:ネクセラファーマ)」といった歴史的大成功モデルに続く、第2、第3の国産医療ユニコーン企業(評価額1000億円以上の未上場企業)の連続的な誕生が、今まさに業界の最大の期待を集めています。

💡 本格的なオープンイノベーション拠点の推進(湘南アイパーク等)

メガファーマ側のアプローチも変化しています。武田薬品工業の研究所跡地につくられた「湘南ヘルスイノベーションパーク(湘南アイパーク)」のように、自社の広大で最新設備が整った研究所の中に、外部の数十ものバイオベンチャー企業や大学の起業家たちを安価な家賃で招き入れ、大手の高価な大型実験機器や創薬ビジネスのノウハウを惜しみなく共有しながら、同じ屋根の下で日常的にカフェで意見交換をして共に育てる・あるいは共同開発を行うという、欧米型の最先端の「オープンイノベーション拠点(クラスター形成)」の動きが日本国内でも本格的に機能し始めています。

3. 大企業の看板を捨ててバイオベンチャーに飛び込むという、新たなエリートのキャリアパス

「お金」の状況が劇的に改善したことで、最後にして最大の課題であった「人材の流動化(優秀な頭脳の供給)」にも、これまでにない地殻変動が起きています。

こうした資金潤沢かつイノベーションにあふれた環境に魅力を感じ、これまで大手の一流メガファーマで数十年にわたり、トップセールス(営業本部の役員クラス)や、臨床開発の中枢責任者、あるいは海外とのM&Aにおけるライセンス折衝等を担ってきた超優秀なエース級の人材たちが、絶対的に安定した大企業の地位や数千万円の高年収という安泰な立場をあっさりと捨てて、設立数年で社員も数十人しかいない「無名のバイオベンチャー」に、CXO(開発責任者や事業戦略役員など)クラスの要職として次々と飛び込んでいくケースが、ここ数年で急増(トレンド化)しているのです。

彼らを突き動かす原動力は明確です。
「巨大で息苦しい大企業の歯車の一部(課長や部長止まり)として、数年に1度しかない小さな決裁を待つのではなく、自分の培ってきた人脈と知見のすべてを掛け合わせて、自分の手で全く新しいビジネスの枠組みと組織をゼロから創り上げたい」という、純粋で強烈な起業家精神(アントレプレナーシップ)への渇望です。
そして同時に、入社時に「ストックオプション(自社株を安く購入できる権利)」という報酬を受け取り、自社が開発した技術が見事にメガファーマに買収されたり、あるいは見事に株式市場への上場(IPO)を果たしたその歴史的瞬間に、大企業の生涯年収を遥かに超える「数億円〜数十億円単位の資産(キャピタルゲイン)」を築き上げるという、完全なアメリカンドリームを掴む夢を見ることができるからです。

開発中の薬が一つでも治験で大失敗すれば、翌日には会社ごと無くなるかもしれないという、ベンチャー特有の恐ろしいリスク(死と隣り合わせのプレッシャー)があることは間違いありません。成功確率は決して高くはない過酷な世界です。
しかし、日本発の独自の革新的な技術で、これまで救えなかった世界の重病患者の医療を根本から変えるというロマンと、巨額のビジネス的ダイナミズムを、圧倒的な当事者として最前線でダイレクトに味わえる「バイオベンチャーの中核メンバー」というポジションは、数あるこれからの製薬・医療業界におけるキャリアパスの中で、最もエキサイティングで、最も高い熱量を放つ魅力的な選択肢の一つであると断言できるでしょう。

モカ
薬剤師からMRに転職して4年目のアラサー。
病院薬剤師として働いていた時に、お給料や職場環境に不満があり転職を決意。最高の職場を探すために、ブログを立ち上げました希望のMRに転職できましたが、慣れない環境で充実しつつも苦戦中。
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